大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1256号 判決 1962年7月26日
控訴人(第一二五六号事件控訴人・第二三七号事件付帯被控訴人) 昌一金属株式会社
被控訴人(第一二五六号事件被控訴人・第二三七号事件付帯控訴人) 嘉戸秀子こと嘉戸英子
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 付帯控訴に基づいて、原判決主文第二、第三項を取り消す。
3 付帯被控訴人は、付帯控訴人に対し二四万二三九一円及びこれに対する昭和三五年三月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人(付帯被控訴人)の負担とする。
5 この判決主文第三項は、仮に執行することができる。
事実
控訴人は、昭和三六年(ネ)第一二五六号事件について、「原判決のうち控訴人の勝訴部分を除く部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、付帯被控訴人は、昭和三七年(ネ)第二三七号付帯控訴事件について、「本件付帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人は、昭和三六年(ネ)第一二五六号事件について、「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、付帯控訴人は、昭和三七年(ネ)第二三七号事件について、主文第二、第三項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は、
被控訴人(付帯控訴人。以下同じ。)の方で、
被控訴人は、本件事故前林紙器工業所に紙箱貼工として雇われ、月収六〇〇〇円を得ていたところ、本件事故のためそれより後就労できなくなつた。被控訴人は、事故当時五三歳であつて、もし事故により負傷しなかつたならば、それから六〇歳まで七年間、すなわち事故の日の翌日である昭和三三年二月二三日から昭和四〇年二月二二日まで、前記林紙器工業所で就労できたはずであり、その収入月額六〇〇〇円の割合による七年間の総収入計五〇万四〇〇〇円からホフマン式計算法に従つた年五分の割合による中間利息を差し引いた金額三七万三三〇〇円の得べかりし利益を失つた。被控訴人は、自動車損害賠償保障法による賠償額(仮払金)二万円を受け取り、これを右財産的損害賠償債権の一部に弁済充当した。控訴人は、その後今日まで自己の弟白井豊方に寄寓し、自己の子嘉戸芳子の僅かな収入に支えられて生きている状態である。他方、控訴人(付帯被控訴人。以下同じ。)は、昭和三六年九月の決算期に年二割五分の利益配当をしており、同期の売上高は約三億円、利益金一〇一七万円である。原審は、被控訴人の、二年間の得べかりし利益一三万〇九〇九円の喪失を肯認しただけであつて、被控訴人は納得できない。そこで被控訴人は、控訴人に対し前記三七万三三〇〇円から原審が認容した右一三万〇九〇九円を差し引いた残額二四万二三九一円及びこれに対する本件不法行為後の昭和三五年三月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金の追加支払を求めるため付帯控訴に及んだ次第である。
と述べ、
当審における被控訴人本人尋問の結果を援用したほか、
いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。
理由
被控訴人が、本訴において、控訴人の被用者である運転者仲里完一が昭和三三年二月二二日控訴人の事業の執行について控訴人保有の貨物自動車を運行し、仲里の過失によつて被控訴人の身体を害したものとし、これによつて生じた損害の賠償を請求しているものであることは、被控訴人主張の事実関係に照して明らかである。そうすると、本訴の請求を民法七一五条の規定によるものとする被控訴人の主張は、法的呼称の使用を誤つているものであつて、本訴請求は、まず民法七一五条の特別規定たる自動車損害賠償保障法(以下保障法という。)三条の規定によるものというべきである(同法四条)。
控訴人の被用者である運転者仲里完一が、昭和三三年二月二二日午後七時四〇分頃仲里の運転する控訴人所有の小型四輪貨物自動車の車体前部を、大阪市西成区花園町八番地先国道二六号線路上で、被控訴人に衝突させ被控訴人に右腓骨骨折、恥骨骨折等の傷害を与えたものであり、仲里が自動車の運転に関し注意を怠らなかつたものということができないと認める理由は、原判決理由(原判決五枚目表一行目から同裏五行目)記載と同一であるから、これを引用する。
本件事故の際、控訴人が保障法三条にいうところの「自己のために自動車を運行の用に供する者」の地位にあつたか否かについて考えてみる。控訴人が前示自動車の所有者であり、したがつて保有者(保障法二条三項)であることは前示のとおりであるところ、同法三条にいわゆる「自己のために」とは、自動車の運行(「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」)自体による利益を自己に帰属させることをいうのであつて、具体的に運行自体の利益を自己に帰属させる者だけでなく、一般的・抽象的にあるいは外形上運行自体の利益を自己に帰属させる者も、「自己のために自動車を運行の用に供する者」であると解すべきであるのは、危険責任及び報償責任の理念の必然的帰結であるといわねばならない。本件についてこれを考えてみるに、成立に争のない甲第四、第七、第一〇号証、原審証人仲里完一、杉本富造(一部)の各証言を総合すると、仲里完一は、本件事故の日の昭和三三年二月二二日控訴人の本店事務所・工場のある大阪市港区市岡浜通五丁目一六九番地で挙行された、事業の発展等を祝う稲荷祭が終了した後、同所より帰宅しようとする控訴人の工場長棒方金三、松本営業課長、工員藤井正夫、女子事務員一名を前示小型四輪貨物自動車に乗せてこれを運転し、まず阪急梅田駅付近で藤井を除くその他の三名を下車させたが、控訴人本店事務所・工場への帰途、そのついでに藤井を同市浪速区北高岸町八番地の同人宅に送つたところ、引き続き同人の希望に応じ、同人を同乗させて同市西成区花園町の同人の親戚宅に行くべく運転していた際、前示のように本件事故を発生させたものであり、仲里は前示稲荷祭の終了時に入庫を指示されたことはないことが認められる。前示杉本富造の証言のうち右認定に反する部分は、前示証拠と比べて信用できない。すると、仲里が工場長、営業課長等をその帰宅のため前示自動車で阪急梅田駅付近へ送つたのは、具体的に控訴人のためにする運行というべきである。しかし、さらに仲里が控訴人の工員藤井をその自宅から親戚宅へ送ろうとしたのは、具体的には控訴人のためにする運行ということはできないけれども、それが控訴人の本店事務所・工場への帰途のついでであることを考慮するときは、本件事故は控訴人の支配領域内で発生したものというべく、控訴人はその際抽象的・一般的にあるいは外形上自己のために前示自動車を運行の用に供する地位にあつたものと解するのが相当である。
控訴人は、仲里の選任及び監督について相当の注意をしたものであると主張するけれども、保障法三条ただし書によると、自動車の保有者は、(1) 自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、(2) 被害者又は運転者以外の第三者に過失があつたこと並びに(3) 自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことのすべて(いずれか一つではない。)を立証するのでなければ、責任を免れることができない。すると、前示のように運転者の仲里に過失がないことを立証できない以上、たとえ控訴人が仲里の選任及び監督について相当の注意をして自動車の運行に関し注意を怠らなかつたとしても、責任を免れ得ないのであるから、控訴人は右主張をする利益がないというほかはない。
とすると、控訴人は被控訴人の被つた損害を賠償すべき義務を免れない。
そこで被控訴人の被つた財産的損害(得べかりし利益の喪失)の額について検討するに、成立に争のない甲第一、第二号証、原審証人八尾英一郎、林勇の証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は本件事故当時五三才(明治三八年一月九日生)であり、林紙器工業所に紙箱貼工として雇われ、月収六〇〇〇円を得ていたものであるが、前示のように本件事故により右腓骨骨折等の傷害を受け、右膝部伸展困難、正座不能、右大腿部後面及び恥骨、尾骨部に寒冷時又は運動後鈍痛等の半永久的な後遺症を残し、歩行速度はきわめて遅く、就労不能となつて林紙器工業所を退職し、自己の弟白井豊方に寄宿し無収入であり今後も就労の見込はない。そして被控訴人は、本件事故がなければ、右工業所等で六〇才まで、すなわち事故の日の翌日の昭和三三年二月二三日から七年間は、少くとも雑役等をし月収六〇〇〇円を得て、稼働し得たものであることが認められる。してみると、被控訴人は本件事故の日の翌日の同年二月二三日を現在時として、ホフマン式計算法により毎月収入六〇〇〇円についてその七年後の昭和四〇年二月二二日まで一月ごとに年五分の割合の中間利息を差し引くと、被控訴人の失つた得べかりし利益の一時払の換算額は、四三万一三七四円(6000円×71.89562926=431373.円77556((円未満四捨五入)))となる。被控訴人が保障法による損害賠償額(仮渡金)二万円を受領し、その二万円の支払が前示財産的損害賠償債権四三万一三七四円の弁済に充当されたことは被控訴人の自認するところである。被控訴人の被つた、得べかりし利益喪失による損害額四三万一三七四円より右二万円を差し引くと四一万一三七四円となることは計算上明白である。
被控訴人の被つた精神的損害の額を一〇万円とするのを相当と認める理由は、原判決八枚目表一二行目に「原告」とあるのを「原審及び当審における被控訴人」と改め、同裏六行目の「一方」の下に「第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によつてその成立の認められる甲第一一号証」、を加え同七行目に「資産」とあるのを「資本の額が本件事故当時一〇〇万円、その後八〇〇万円であること」と改め、同七行目に「経営の状態」の下に「良好であること」を加えるほか、原判決理由(原判決八枚目表一二行目から同裏八行目まで)記載と同一であるから、これを引用する。
してみると、控訴人は、被控訴人に対し前示財産的損害四一万一三七四円と精神的損害一〇万円との合算額五一万一三七四円及びこれに対する不法行為後の昭和三五年三月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきところ、これより原判決が認容した右精神的損害賠償額一〇万円及びその遅延損害金並びに財産的損害賠償額(残額)一一万〇九〇九円及びその遅延損害金を除いたもの、すなわち右四一万一三七四円と一一万〇九〇九円との差額三〇万〇四六五円のうち被控訴人が本件付帯控訴によつて拡張した金額二四万二三九一円及びこれに対する不法行為後の同年二月二三日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金の支払を求める被控訴人の追加併合請求は相当として認容すべきである。
そうすると、原判決は、被控訴人の本訴請求の一部を認容した限度において正当であつて本件控訴は理由がないものというべく、他方その余の部分を棄却した限度において失当であつて本件付帯控訴は理由があるものというべきであるから、民訴法三八六条、三八四条、一九六条、九六条、八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)